「花押」判決

 最高裁平成28年6月3日判決は,「花押を書くことは,印章による押印と同視することはできず,民法968条1項の押印の要件を満たさないというべきである。」としました。これにより花押は,自筆証書遺言において,有効な押印とはいえないことになりました。
 ところで,最高裁昭和49年12月24日判決は,英文の自筆遺言証書に遺言者の署名が存するが押印を欠く場合に,同人が日本に帰化した白系ロシア人であるほか,主としてロシア語又は英語を使用し,交際相手は少数の日本人を除いてヨーロッパ人に限られ,日常の生活もまたヨーロッパの様式に従い,印章を使用するのは官庁に提出する書類等特に先方から押印を要求されるものに限られていた等の事情があるときは,上記遺言書は有効と解すべきであるとしています。これによれば,押印の文化を持たない者で日本に帰化した者に対しては,自筆証書遺言として「押印」を要求しないということになるのでしょうね。
 そもそも,外国人の署名押印に関しては,外国人ノ署名捺印及無資力証明ニ関スル法律(明治時代に制定されていますが,今も生きている法律のようです。)があります。同法第1条第1項では「法令ノ規定ニ依リ署名,捺印スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名スルヲ以テ足ル」,第2項では「捺印ノミヲ為スヘキ場合ニ於テハ外国人ハ署名ヲ以テ捺印ニ代フルコトヲ得」と規定されています。かつて,押印の文化を持たない外国人が,日本の裁判所に提出する文書に署名した上,印章による押印(文字はすべてカタカナ)をしているのを見たことがありますが,これは,その外国人が気を利かせたからでしょうか。
 少し話題が変わりますが,押印を厳しく要求している銀行において,押印を緩和する動きがあるようです。たとえば,三井住友銀行は,平成28年4月12日,サインのみで本人確認が可能な「サイン認証」サービスを,今年度内に国内支店で導入予定だと発表しました。これにより,口座の開設等をはじめ住所変更等の各種諸届で,印鑑が一切不要となります。上記「サイン認証」は,顧客が事前に登録したサインに関する電子データ「時系列の筆運び(距離,方向,筆圧など)」と,取引の際のサインに関する電子データを照合することで本人確認を行い,手続を受け付けるサービスとなっているそうです。(マイナビニュース平成28年4月13日参照)このほか,インターネットバンクでは,口座開設に印鑑がいらなかったように記憶しています。
 印章による押印を重視する慣行は根強いものがありますが,わずかながら印鑑不要の気配も見えてきたようにも思います。
 ちなみに,現在,民法(相続関係)部会で相続法改正が議論されていますが,自筆証書遺言の加除訂正の方式として「署名」だけにするかどうか議論がなされているようですが,自筆証書遺言に要求している本来の押印に関しては議論の対象にはなっていないようです。

 

2016年06月06日